第131回 リンク・フリー


「リンク・フリーというのは何語だ」
 またしても私のところにやってくるなり怒っておる。迷惑な奴である。
「英語に決まってんじゃないか」
「本当にそうか」鼻息も荒く男は言う。「ならば、問う。デューティ・フリーとはどういう意味だ」
「免税だろ」
「その通り」
 そんなにでかい声で叫ばずともよいだろうに。
「では」男は続ける。「バリア・フリーとは」
「障碍者でも難なく使用できるということだ」
「そうだろ。そうだろ」
 男は演説を始める。
 納税の義務から解放されているので、デューティ・フリーである。
 妨げになるものの呪縛から解き放たれているので、バリア・フリーという。
 では、同じようにリンク・フリーを解釈するとどうなるか。リンクの束縛を受けないということになる。すなわち、リンクされることから自由である、リンクを張られる謂れはない、ということになる。
「で、何を言いたいんだ」と私は口を挟む。
 男は、憐れむような蔑むような目付きで私に言うのであった。
「ここまで言っても判らぬか。つまりであるな、リンク・フリーというのは『自由にリンクを張ってください』ではなくて、『リンク禁止いっ』を意味するのだ」
 ちょっと考えてみたがよく判らない。「そうなるのかな」
「そうなるとも」
 まあ、どっちでもいいや。「で、そうだとして、どうなの」
「どうもこうもないではないか。見よ、巷に溢れるウェブのページを。どいつもこいつもリンク・フリーなどと書いておる。リンク張っても構わない、というつもりでリンク禁止令を出しておるのだよ」
 まったく、どうでもいい話ではないか。
「よし。判った。リンク・フリーというのが間違いだと言いたいんだな。で」
「で、とは何だ」
「で、それが間違いなら、君は何かの不利益を蒙るのか」
「別に俺が不利益を蒙るわけではない」
「じゃ、いいじゃん」
 男は再び声を大きくする。「そういう問題ではないのだ。言葉というものは正しく使わなければならないのだ」
「たいした問題じゃないと思うけどな」
「俺が子供のころ、億万長者ゲームというのがあった。人生ゲームの亜流だ」
 突然話題を変える奴だな。
「我々は説明書を熟読せずにやっていたのだよ。その結果どうなったと思う」
「どうなった」
「保釈金一万ドル、という桝があったんだけどな、我々はそこに止まる度に一万ドルを受けとっていたのだ。ああ、なんということだ。あれは一万ドル払うべき桝だったんだ。そのことに気づいたのは高校一年になってからだ」
「それって、ただの馬」鹿じゃないのか、と言いかけて口を噤んだ。
 男がぎろりと睨む。「ただのば、て何だ」
「いやいや。何でもない」
「ふん」鼻を鳴らす。「無知というのはかようにも、言葉の意味を正反対に取り違えてしまうのである」
 そろそろ面倒臭くなってきた。からかおう。「うん。君の主張はよく判る。言葉は正しく、な。でもな、そのテーマは大き過ぎて君では役不足じゃないのかな」
「役不足の意味が違あう」
「ほらほら、そうやってすぐ怒るだろ。そんな奴には気がおけないよ」
「使い方が逆であるっ」
「まあ、君の意見を他山の石としてみるわ」
「他山の石というのはつまらぬものという意味だ」
 そのつもりで言っているのにな。
「ところでさ。英語ではリンク・フリーに当たるのを正しくは何ていうの」
「む。む。む」
 口ごもっている。なるほどな。こいつ、知らないな。
「あれれ。えらい剣幕で喋ってたのに、もしかして、知らないのか」
「む、いや。そんなことはない」
「じゃあさ、英語では何て言うの」
「そのう、何だ。アメリカには、だな」
 焦っている。
「アメリカには、リンクは、その、ないのだ」
 嘘つけ、この野郎。


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1998/07/07
文責:keith中村
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