第125回 ああ、そうかい


 この金曜日には関西の多くの企業で株主総会が開かれたようであるが、私の勤める会社もそうだった。各部署から株主総会のお手伝いと称して社員がかり出されたのであるが、その中に私もいた。
 前日の木曜にリハーサルなるものが執り行われたのであるが、そこで手渡された書類を見て点目になってしまった。私の役割は「会場警備」となっており、会場のいちばん後ろに立っておることが仕事のようであったのだが、職務目的という欄に「怪しげな人物が議長に向かって突進しはじめたら身を持って阻止する」となっておったのだ。
 ちょっとこれはすごいことになっておる。
 すると、何か。総会屋とか何とかいう連中と渡り合えということか。私は現代社会における政治経済の動きにはさっぱり疎いので、実は総会屋というのが何であるのかもよく判っていないのだが、多分「異議あり」とか「反対」とか叫ぶ連中であろうと思う。他には恐らく「おらおら」とか「どりゃー」とかも叫びそうだ。何となくね。
 そんな連中を「身を持って阻止する」のか、この私が。会社にそこまでの義理はないぞ。怪我でもしたらどうするのだ。危険極まりないではないか。
「ま、我が社はこれまでに総会屋に乱された経験はないから、大丈夫でしょう、多分」と総務部長は言う。まったく、どいつもこいつも「多分」などというあやふやなことを言いやがる。これまでが大丈夫だから、今回も大丈夫という保証はどこにもありはしないではないか。こないだ喫茶店で新聞読んでたら「総会屋、大挙西へ」などという不穏な見出しを見たぞ。
 ところで、私は総会にリハーサルなどがあるとはちっとも知らなかったのだが、恐らくどこの企業でもやっておるのだろう。綿密なシナリオが構成されており、それにそって進行してゆく。社員株主を前列に固めて座らせ、議長の発言にいちいち大声で賛同する、という構造になっておるのであった。
 リハーサルのあと、一部始終を見ていた銀行だか証券だかのおじさんが出てきて無闇と馬鹿叮嚀な言葉遣いでアドバイスをする。
「ええ、はい。議長さまの喋り方、ゆっくりと言葉を区切って、おっしゃっておられました。これは大変よろしうございます。ええ、はい。それに議長さまの視線、会場をしっかりと見わたされておりました。これも大変よろしうございます。社員株主の皆様のお声の挙げ方、元気があって大変よろしうございました。間の取り方、大変よろしうございました。ええ、はい。これなら、明日の本番も大成功間違いなしでございます。よろしうございました」
 あまりに叮嚀な言葉遣いは、馬鹿にされているように聞こえるのが面白い。
 で、まあ、そんなこんなで金曜日の本番となったわけである。
 開始の一時間半も前から会場に立たされたのにはすっかり閉口した。九十分間ただ立ち通しているというのがあんなに苦痛だとは知らなかった。立っていることよりも何もすることがないのが苦痛なのである。ロンドンに何やら赤い服に不必要に長い黒帽子を被った衛兵がおるが、つくづく彼らは立派だと思った。たちんぼというのは並大抵ではない。あんまりすることがないので、頭の中でひとりでしりとりをやっておったのだが、これほどつまらぬものもない。
 瓜、リール、瑠璃、リラ、ラリ、利尻、倫理、と「必殺ら行責め」をやるのだが、それでもちっとも終らない。ひたすら続けて「リリー・マルレーン」で、「やった、勝った」「くそ、負けた」と同時に思ったころに、ようやく総会が始まった。
「商法第283条に定められた規定に則ってご報告させていただきます」と議長が言うと、前列の社員株主が一斉に「了解っ」と叫ぶ。
「では、まず常勤監査役より監査報告をしていただきます」「了解っ」
「次に、昨今のこの業界の動向と我が社の業績をご報告します」「了解っ」
 いちいち「了解っ」と叫ぶ。そういうものなのだろうが、なにしろ私には初めての経験だったのでなかなか興味深かった。
 会場の後ろに立ってその様子を見ながら、これは何かに似ていると感じた。
 あ、そうか。ライブだ。
「おっけべいべ、それじゃ商法第283条に則ってぶっぱなすぜ」
「おー、いええ」
「おっけべいべ、まずは監査役のギターソロだ。ばりばりだぜ」
「おー、いええ」
「おっけべいべ、次のナンバーは『今期の株式配当金報告』だ。心を込めて贈るぜ」
「おー、いええ」
「おっけべいべ、配当金はああ、いええ、一株あたりいい、三円だぜー、べいべ」
「おー、いええ」
「たった三円なんだぜー、がったがった」
「おー、いええ」
「安いぜー」
「安いぜー」
「赤字決算だったんだぜー、うぉんちゅ」
「うぉんちゅ」
「仕方がないんだぜー、べいべ」
「いええい、異議なし」
「じゃ、ここで新しいメンバーを紹介するぜ」
「いええい」
「こいつが新しい取締役副社長だぜ。ファンキーでワイルドな、ナイスガイなんだぜ。よ、ろ、し、くうう」
「異議なし、いええい」
「今年も俺たちゃ、頑張って働くからよお、みんな、そこんとこよろしくっ」
「いええー、いええー」
 そういう雰囲気だ。
 監査役のギターはストラトキャスターならぬトラストキャスターだな、多分。って何だそれは。
 総会が終ると、人事課長が「お疲れさん」とスタッフに何やら祝儀袋のようなものをくれた。開けてみると図書カードが入っておった。なかなか疲弊しておったのだが、それでようやく少しだけ気分が晴れた。
 やや「爽快」になったのだ。お約束通りだな。


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1998/06/27
文責:keith中村
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