第124回 ミュージカルの人は変


 それにしてもやはりミュージカルというのは奇妙だ。
 どうしてあんな風に突然歌い出したり踊り出したりするのだ。嬉しい時に踊り、悲しいときに踊る。それではまるで未開の地に住む土(以下六字抹消)。
 ニューシネマというのは「新開地」とか「新体詩」と同じで今となっては新しくも何ともないのだが、そのニューシネマ以前のアメリカではミュージカル映画がかなり盛んに製作されていた。ア・ボーイ・ミーツ・ア・ガールと呼ばれる他愛もない恋愛映画であり、もっとも典型的なパターンでは主人公の男、これはフレッド・アステアかジーン・ケリーと相場が決まっておるのだが、それがたまたま出会った女子の人に一目惚れしてしまい、愛の歌を唄ったりする。
「おお君の瞳君の頬君の唇、なんて素晴らしいんだ。バ、バ、バニラアイスクリームより百倍好きだ。ラララ、アドレナリンが駆け巡る」
 というのは今私が適当に考えたものだが、これと似たり寄ったりの歌を初対面の女子の人に向かって踊りながら唄うのだ。で、途中から女子の人も歌に参加して二人で踊りながら歌うことになる。
 考えるに、これはおかしい。そんな奴はいないのではないかと思う。少なくとも私の親類縁者友人知人にはいない。あなたの周囲ではどうか。
 たとえば、街を歩いていてとても美しい女子の人を見掛けたとしようではないか。お近づきになりたいと思えば、その際さまざまなアプローチが考えられようが、まともな神経の持ち主ならば、歌を唄おうなんてまず考えないのではあるまいか。よし、歌ったとしても、
「何よ、この人。気持悪いわね。馬鹿じゃないの」
 と言われてしまうだろう。その女子の人が途中から、
「ああ、あなたの瞳あなたの頬あなたの唇、なんて素敵なの。ヨ、ヨ、ヨ、ヨーグルトより千倍好きよ。ラララ、自律神経失調しちゃう」
 などと歌に参加することなど考えられぬ話ではないか。だいいち、歌とともに始まるあの演奏はいったいどこから流れてくるのか。
 にもかかわらず、ミュージカルの人は歌うのである。
「ウエストサイド物語」というのは有名な映画なので、説明するのもくだくだしいと思うが、要するに「ロミオとジュリエット」の現代版である。この映画の終わりのほうで、銃で撃たれて瀕死のトニーに、恋人のマリアが縋り付く場面がある。
「ああ。トニー。なんてこと」などと悲しんでいたマリアは、何を思ったのか突然歌い出すのである。
「きっとどこかにわたし達のための土地があるのよ」
 この映画を初めて見たとき、私は、はてな、と思った。どうしてあの女子は歌っておるのだ。いったい、どういう仕組みになっておるのか。訝しむ私をよそに、驚いたことに瀕死のトニーまでが歌に加わるではないか。
「き、きっと、どこかに、ぼ、く、たちの」
 瀕死だから息も絶え絶えに歌うのだ。私は思った。おいおい、そんなことしてると死んじゃうぞ。
 案の定、それからしばらくしてトニーは死んでしまった。言わんこっちゃない。
 納得がゆかぬ。歌ってる暇があるなら医者を呼びたまえ。
 かかる具合にミュージカルは私を困惑させるのである。「ウエストサイド物語」はかれこれ二十回以上観ているが、観れば観るほど謎めいている。
 二十回も観てるなんて、そうだ、私じつはミュージカルが大好きなのだ。ほんとはね。
 じっさい、私は人びとが歌いながら踊っているのを見ると、ほんとに涙が出そうになるくらい楽しくなるのだ。そういう人は多いのではあるまいか。私の知り合いに小学校の頃、くだんの「ウエストサイド物語」を観て感動し、果物屋の軒先の林檎を踊りながら万引きしたという経歴を持つものだっている。歌や踊りは、それくらい人を動かす力を持っているのだ。学校時代掃除の時間に「G線上のアリア」が流れていたので、未だにこの曲を聴くと箒でそこいらを掃きはじめてしまう、という人だっているだろう。これはちと話が違うか。
 話は変わるが、私の住んでいるマンションのすぐ隣にNTTの事業所がある。毎朝始業時間の九時になると、全職員が建物の駐車場に出てきてラジオ体操を始めるのだ。私の勤める会社は十時が始業で、九時というのは私がちょうど眼醒める時間なのだが、慌ただしく着替えやなんかするので、このラジオ体操の模様をじっくりと眺めたことがなかった。
 先日、珍しく早く眼醒めたので、何となく窓から見降ろすとちょうどこのラジオ体操をやっていた。八十人くらいの人間が体操していたのだが、私はその光景を見て呆然とした。というのも、この八十人がてんでばらばらなんだ。
 そもそも、向きが滅茶苦茶である。ラジオ体操というのは手本の一人が壇上に登り、残りはみんなそちらを向いて行う、そういうものではないのか。なのに、この連中ときたらもう好き勝手な方向を向いておる。エントロピーがこれ以上ないくらい増大しておるのだ。しかもよく見ると誰ひとり正しく体操してはおらぬ。
 おい、そこのおじさん。そこは右手から伸ばすんですよ。もう仕様がないなあ。
 あれまあ、青年。若いくせにちっとも前屈できとらんではないか。そんなことではいけぬ。
 ああ。こら、そこの君、今は跳ぶときではない。こら、ぴょんぴょん跳ねるなってば。何が嬉しいんだ、にこにこ笑ってやがる。笑うな。笑いながら跳ねるな。気味が悪い。
 ああ、違うなあ。その頑張ってるポーズは第二体操だ。第一には出てこないよ、それ。
 なまじ、全景が一望できるものだから、そのいい加減さが気になって仕方ない。戦線を離脱して、こっそり建物の陰で煙草を吸っている奴までいる始末だ。中学生じゃあるまいし。
 まったく、朝っぱらから悪いものを見てしまった。
 かといって、ミュージカルの如く一糸乱れぬラジオ体操をするNTT職員というのも、それはそれで、薄気味悪いな。


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1998/06/26
文責:keith中村
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