第123回 君にリズム感はないのか


 何人もの方に火事見舞いのお言葉をいただきまして、まことにありがとうございます。まあ、実害がまったくなかったんで恐縮なのですが、建物が燃えているのを見たときには、「やばい。やっちまったか」と思い冷やりとしました。というのも、うちのつけっぱなしのコンピュータどもは相当古い機種にクロックアップやら何やら無茶な改造を施した上に年中電源上げっぱなしにしておるわけで、いつ燃え出しても不思議じゃないような環境なのです。
 さて。
 晩ご飯を食べようと行きつけのカレー屋に赴いた。インディという名のカレー屋であるが濃紺ではなく黄色い看板だ。カレーの象徴である。店内に入り、牛筋カレーなるものを注文したあとふと隣りのテーブルを見ると、何やら見知った顔がもそもそとカレーを食しておる。こやつは、同じような雑文をウェブで発表している大学時代の後輩である。
「ややや。何故お前こんなところで何をしておるのだ」
 こやつの家からここまでは自動車で十五分ほどかかるので、それほど気軽に来る場所でもない筈だが。
「何故って、カレー喰ってるんじゃないすか」
「そんなことは見れば判る。何故わざわざこんなところまでやってきてカレーを貪り喰っているのだ、と私は訊いておるのだ」
「だって、カレー、美味いっすよ」
 ちっとも要領を得ない。
 それにしてもカレー屋で知人に出会うのがこれほど気まずいものであるとは知らなかった。別々のテーブルでそれぞれのカレーを何故かこそこそと食べる我々であった。
 カレー屋を出ると、こやつは「暇っすよー」などと言いながらのこのこと私の部屋までついてきた。
 ふん。ちょうどいい機会だ。部屋に入るなり私はギターを一本彼に渡した。
「はい。マーチン製だから、傷付けたら死なすよ」
「な、何ですか、いきなり」
「何ですか、もないだろう。ストーンズの『アンジー』はちゃんと練習してきたんだろうね」
「ぎゃ」
 しばらく前にこやつがやってきたときに、こやつがギターを弾くときのリズム感のなさを徹底的になじっていじめたのである。
「私は君の上司でもなければ、高橋という姓でもない。お腹が痛いと会社を休んだことはあるけれど。だが間違いなく言えるのは君に課題曲として『悲しみのアンジー』を与えたことだ。これはゆるぎない事実である」
「勘弁してくださいよ。そんなの判る人にしか判らない話じゃないですか」
「四の五の言わずに、弾きなさい。ほら、ほら」
 彼はしぶしぶギターを抱えて弾き始めた。
「ああー。違う違う。そこ、EからGシャープにベースを変えるタイミングが半拍遅い」
「ひー。すみません。もっぺん弾きます」
 ずんでででででんどべーん。
「違うちがうちがう。ずんでででででどべーん、だよ。ん、ってのが余分なんだ」
「ひー」
 ずんでででででんどべーん。
「ちがーう、お前ほんとにリズム感ないのかー」
 ずんでででででんどべーん。
「ちょっとギター弾くのやめて聴け、いくぞ」
 ずんでで。
「こら。聴け、と言っておろうが。弾くな」
「は、はい」
「いくぞ。まずハーモニクスだろ。ぽーん、と」
 じゃらん。
「おらおらおらー。弾くなと言うに何故弾く。聴けよ。今は聴くときだ。聴くときがあって弾くときがある」
「すみませんったらすみません」
 まったくこの男、人の言うことをちっとも聞かないという悪癖があるが、こんな塩梅で埒もないことを漫然とくり返していたのである。
「で、ドミナントに行くわけだ。さりすふぁああい」
 ぐらり。
「こら、揺らすなよ」
「何もしてませんて」
 ぐらぐら。
「ひゃあ」
 地震のようである。二人とも凍り付いた。三年前の感覚が蘇る。
「ゆゆゆ揺れてますよお」
「ゆゆゆ揺れておるなあ」
「僕、こんなところで死ぬのだけは嫌ですよ」
「こんなところ、とは失礼な」
 すぐに、揺れはおさまった。咄嗟にテレビを点ける。しばらくすると、テロップで速報が流れた。大阪は震度2。
「2だそうだ」
「2だったんですねえ」
「そうかあ、あれが2かあ」
 テレビを通じてやっと実感するという愚かな我々である。それにしてもこないだ火事があったと思えば、これである。
 次は、そろそろ避雷針を買っておいた方がいいのかもしれない。
 ところで、海外のギタリストなんかはギターのヘッドに吸いかけの煙草を挟んでいることがあって、見ていてなかなか恰好がよろしい。煙草以外のものを挿すのはあまり見た事がないのだが、くだんの「悲しみのアンジー」、のビデオクリップでは薔薇の花を挿して演奏している。これがかなり恰好悪い。恐らく当時は粋でイカした演出のつもりだったのだろうが、今見ると如何にも七〇年代で御座いという感がある。
 私は考える。ギターのヘッドにはもっと可能性が残されているのではなかろうか。
 たとえば、扇を挿すのはどうか。閉じていてもいいし、日の丸の扇を開いて挿すのもちょっといけているかもしれない。
 名前を知らぬのだが、自動車の掃除に使う鳥の羽毛がいっぱいついたわしゃわしゃの奴、あれなんかもかなりインパクトがあるだろう。
 柄杓なんかはかなり意味不明で味がありそうだ。
 ペロペロキャンディーを挿していて、時おり舐めながら演奏するギター弾きがいれば、即座にファンになるのだが。
 ヘッドから何故かちょんまげが生えているというのも気味悪い。
 これも名前を知らぬのだが、縁日で売っているぴょろぴょろ言いながら延びる笛なども洒落ている。
 などとどうでもいいことを考えていると、
 ずんでででででんどべーん。
 違あう。お前は何をしているか。そんなことではブルースもロックも要ったはなしではない。やめてしまえ。えい。
 いかめしい獅子になってそう叫びたい私であった。


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1998/06/24
文責:keith中村
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