第121回 鶏卵二つ分は結構なものだ


 これこそ、将に私が求めていたものである。
 ついに出たのである。
 今日、日本橋へ出向き早速買ってきた。
 スター・トレックが「宇宙大作戦」であるのだから、さしずめこの器具は「目大作戦」である。目黒大作戦のようだ。そんな作戦はないか。目黒の決死圏ならあるぞ。そりゃミクロの決死圏だって。いやいや、横田順彌にあるんだ。
 そんなことはどうでもいいのだ。今私の前にあるのは「フェイスマウント・ディスプレイ」という未来の装置である。「アイ・トレック」という商標である。要するに、ゴーグル状の器物を装着すると、眼前に仮想的に大画面映像が広がるという機械である。
「2m先に62インチの大迫力画面」とある。あまりぴんとこないが、六十二吋はおよそ百五十七センチである。つまりそれくらいの対角線を持ったテレビが二メートル向こうにあるのと同じことらしい。ちっとも実感できないが、もちろんそれはさぞ凄いことに違いない。
「超軽量110g」なのだそうだ。だいたい鶏卵二つくらいか。鶏卵二つを顔にぶら下げたことはないから、それが軽いのだか重いのだか想像できないのだが、間違いなく言えることは、この装置を装着しているところは鶏卵二つを眼につけるのと同じくらい恰好悪いだろう、ということだ。
 添付の注意書を読んでみよう。と思ったら注意書などなく、代わりに無闇と「警告」の字が多い紙が入っていた。
「15歳以下の子供には、使用させないでください。成長期の人間には、目やその他の器官に対して悪い影響を与えるおそれがあります」
 何ということだ。それほど恐ろしい器物であったのか。「目やその他の器官」というところが気になる。はっきり言ってくれ。どこだ。耳なのか。いや、違うな。そうか。脳だな。脳だ。十五歳以下の人間が使用すると脳が悪くなるのだな。ところで、十五歳より上なら大丈夫なんだろうな。
 さらには、光や色が烈しく点滅する映像を見てはいけぬ、と書かれてある。痙攣や失神することがあるそうだ。ふむ、例のあれだな。
 ということは十五歳以下の子供がこれを装着してピカチューなんぞ見ようものなら、もう想像もつかないような恐ろしいことになるのだろう。
 自動車の運転中に使用するな、とある。そりゃ、そもそも無理だろう。あ、そうか。自動車にカメラ取り付けてその映像を映しておくなら運転できるな。ということは途中にコンピュータ挟んでグラフィックをオーバーレイさせるとターミネーターごっこができてしまうな。素晴らしい。あ、しちゃいかんのだったな。
「航空機の離着陸時には、本製品を使用しないでください」
 しないってば。
 ところで、私がこの器具を購入したのは他でもない。大きな目的があったのだ。それは、3Dのアクションゲームを大画面で心ゆくまでやってやろう、ということだ。いい歳こいててすみません。
 その為にコンピュータの出力をビデオ信号に変換するアダプタも同時に購入してきたのだった。
 これで、ドゥームが、デュークが、クェークが、大迫力でプレイできるのだ。ああ。何て素敵なんだ。生きててよかった。ありがとう、オリンパス。
 さあ。結線は完了だ。いまや準備は整った。コンピュータでドゥームのアイコンをクリックする。
「転送してくれ、スコッティ」
 意味不明な言葉をついつい叫んでしまう。さあ。アイ・トレックを装着しよう。
 ごん。あれ。あれれ。
 あ、そっか。俺って本当にそそっかしいんだから。眼鏡してちゃ付けられないよな。てへへ。
 眼鏡を外して、アイ・トレックを付ける。
 おや。おやおや。
 ……見えない。
 そうか。そういえば私が日頃眼鏡をしておるのは眼が悪いからであったのだ。眼鏡を外した私は、眼鏡を外した横山やすし同然ではないか。二メートル向こうにある筈の六十二吋大スクリーンは、ぼおんやりとしか見えない。
 私は暫し絶句した。「無駄金遣い」という言葉が浮かんできそうになるのを、必死で抑えつけながら考える。
 そうか、眼鏡の上からアイ・トレックを装着すればよいじゃないか。
 ごそごそ。
 おおっ。見える。ちょっと不安定だが、見えるぞ。これでよいではないか。では早速ゲーム開始だ。
「あいとれっくっ」
 またも無意味に叫んでしまう。
 ずるずる。ああっ、ゴーグルがずり落ちる。
 手で押さえていないといかんな。
 私はまた絶句した。……それではゲームができぬではないか。
 今度こそ「無駄金遣い」という言葉が頭の中を駆け巡る。
 ぽつねんと部屋のまん中に座り込んだまま、私は悔し涙を流した。
 ああ。鶏卵二つ分は重い。どぼちて、どぼちて、どぼちてなのよ。
 だがしかし、転んでも只では起きぬ私は考える。
 このゴーグルの表にマジックで眼を描くと、かなりうけるぞ、きっと。


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1998/06/21
文責:keith中村
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