第120回 世の中にはいろんな奴がいるものだ


 手品は悲しい。
 切ないくらい悲しい。
 何故なら手品は地味である。
 いや、手品は派手じゃないか、という意見もあろう。
 鳩が出る。万国旗が出ます。縄抜けだ。水中からの脱出する。美女を切断しろ。空中を浮揚せよ。大掛かりである。派手である。しかも手品はハリー・フーディニ、デイヴィッド・カパフィールドを筆頭に綺羅、星の如き有名人を輩出している。
 だのに、どうしても手品には地味な印象が付きまとう。どうしたことか。
 もしかしたら、私もまた、地道な自己研鑚を「おたく」と嘲笑する現代の風潮に乗ってしまっているのだろうか。水面下の白鳥的努力を「暗い」と退ける軽薄文化に染められているのだろうか。
 そんなことはなかろう。
 では、何故か。
 思うに、手品はすでにその命脈を断たれてしまっているのではなかろうか。だいたい、現代社会において「手品をみせてやろう」と言われて「うっひょー。手品だ手品だ、ばあんざあい」と喜んで走りまわる子供はいないのではあるまいか。手品がウケる場所は恐らく老人を慰問する場のみではあるまいか。つまり手品は既に過去の芸術となってしまっているのである。ゼンジー北京のようにお笑いと結びついたり、ミスター・マリックのように超常現象として売り出したりしてようやく糊口をしのぐことができるような演芸に零落してしまっているのである。
 滅びは美しく、かつ、悲しい。手品の悲しさはそこにある。
 その意味で、手品とロックは似ている。
 先日梅田をぶらぶら歩いていると、偶然友人に出会った。久しく会っていなかった友人である。彼は大学の頃音楽をやっており、私が学園祭で臨時に結成したバンドでドラムを叩いてもらったこともある。久し振りじゃないか、ということになり、喫茶店でしばらく話した。今でも音楽をやっているのか、という問いに彼は頷いた。しかも私のバンドと違って、もっと真剣にあわよくばプロを目指そうという意気込みでやっているらしいのだが、
「で、どんなバンドなの」と問うと、
「手品バンドなんだ」と答えた。
 手品バンドとは一体どういうものだ、という私の質問に彼は以下の如く答えた。
 彼が現在やっているバンド、それを結成するに至ってメンバーがいちばん頭を悩ませたのは、如何にして他と差別化を図るか、ということだった。女子供に阿るようなチャラチャラした音楽はできぬ、骨太なロックを聞かせるバンドでありたい。だが、現代においてロックなどはとうになくなってしまっている。真正面からセメントでロックなど演奏しても誰も聞いてくれない。何か衆人の耳目を集める特別なものが必要ではないか、そういった議論がなされたらしい。
 手品、は、どうか。ボーカル担当が提案したらしいのだ。お笑いとバンドの融合はよく見掛ける。お笑いと手品の融合だってある。それならいっそのこと、手品とバンドをも融合させてしまえ。ボーカルは熱くそう語ったらしい。
 実はボーカルは手品が趣味で、この発言はただそれを人前で演じたいがためのものだった、と判ったのはずっと後のことらしい。
 手品バンドという提案に、メンバーは全員首肯した。おもしろそうじゃないか、やってみよう。
 そんな経緯で、おそらくは世界に唯一にして無二の手品バンド、「THE GEENAS」が誕生した。ちなみに「THE GEENAS」は「て・じーなず」と訓むのだそうだ。なるほどなあ。
 彼らのライブは概ね以下のように進行するらしい。
 まずオープニングは手品だけあって「ブラック・マジック・ウーマン」。ボーカルは松明を持って登場する。ドラムとベースがビートを刻む。ギターが高音弦のチョーキングを多用したソロを弾く。そして、ボーカルは口にアルコールを含ませて、ぶわ、と火を噴くのだそうだ。
 一曲目が終わると、MCが入る。火を拭いたのと会場の熱気でボーカルは汗を掻いている。彼はハンカチをとり出して汗を拭うと客に喋りかける。
「あのね。このハンカチだけどね。ほらほら。横縞でしょ。ね。そんでね。これをね、こうやって、背中に回してちょいちょいと念じるとね。ほらほら。縦縞になるのよ。ね。凄いでしょ、これ」
 マギー司郎がよくやるネタである。背中に回している間に向きを九〇度変えるだけなのだ。
 だが、これで観客をぐっと掴んでしまえるのだそうだ。
 その後も、曲とともにさまざまな手品をやる。
 指にピンポン玉を挟んで唄うボーカル。唄ううちに、ピンポン玉の数が増えたり減ったりする。
 ブルースハープを吹いているボーカルがやにわに顔をしかめる。おかしいな、なんだなんだ、という表情のままで口に手を入れる。紐が出てくる。驚くボーカル。引っ張る。ちっちゃな万国旗がいっぱい出てくる。
 ギターとベースのヘッドに何やら紐がぶらさがっている。ギターからは短く、ベースからは長く垂れ下がっている。間奏になるとボーカルはギターに近づき、紐を引っ張る。ギターの紐がするすると伸びる。それに合わせて、あら不思議、つながってもないのにベースの紐が短くなってゆく。今度はベースの紐を引っ張る。あら不思議。ギターの紐がするすると短くなる。
「この仕掛けのために、ジャズベースとストラトに泣く泣く穴を開けたんだぜ。しかもUS純正品だよ」
 厭がるベースとギターにボーカルが頭を下げて頼み込んだのだそうだ。
 まだまだある。
 棒をハンカチに変える。そのハンカチが鳩になる。
 客席の女の子をひっぱってきて、その腕をギロチンに固定する。刃が落ちる。女の子の腕は無傷で、その下にあった大根だけがすっぱり切れている。切れた大根にサインして女の子に渡して客席へ帰す。
 ピックを投げる。と見せかけて蜘蛛の巣状の紙紐がぱあっと拡がる。
 コインに煙草を通す有名な手品は、一度やったけど前列の観客以外からはよく見えないのでそれっきりやめたのだそうだ。
 アンコールがかかると、ギターとベースがシーツを持ってボーカルをしばらく客席から隠す。シーツが取り去られると、なんと、テーブルの上にボーカルの首だけが乗っかっている。その首が「今日はみんな、ほんとうにありがとう。最後にこの曲です」と言ってラストナンバーを唄うのだそうだ。首だけで。
「ものすごい」
 私は圧倒されてそう言った。「それは凄い」
「でもな……」彼はちょっと言葉につまった。「ボーカルの奴が最近バンドを辞めたいっていうんだよな」
 何でも、あまりに手品熱が昂じた余り、手品の師匠に弟子入りしてそちらに専念したいと言い出しているのだそうだ。
「多分、止められない。でも、大部分のネタはあいつの仕込みだったから、いなくなるとほんとに困るんだよね。だから」
 そういうと彼はごそごそとテーブルの下から百貨店の袋をとり出した。
「あいつがいなくてもやってゆけるように、ほら」
 袋からたくさんの手品グッズが現われた。
 ちょっと待て。そうなってしまえば、もう手品に固執する必要はないのではないか。手品バンドでなくしてもいいのではないか。そう考えていうちにも、彼はひとつの封を破り、
「たとえば、これだけどね。ええとね。これなんだけどね。ほら。どこにでもある茹で卵を置く台ね。ほらね。蓋を開けるとね、ね、ね、ボールが入ってるでしょ。それでね、このボール取っちゃうでしょ。ね。ポケットにでも入れとくね。ほら、もうボールないのよ。でもね。もっぺん蓋するでしょ。こうね。そんでね。蓋取るでしょ。あらー、不思議ね。ほらほら。ボールがあるのよ。どう、これ」
 やはり語り口はマギー司郎だ。
 どう、これ、と言われてもな。お前、本当はやっぱり手品大好きだろ。  


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1998/06/19
文責:keith中村
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