第119回 気をつけろ、神社の石段


 たとえば。たとえばマッキントッシュ対ウィンドウズという構造がある。今さらあれこれ言うのもどうかという話題であるし、私などよりもっと正確な知識でもって語れる人もいるだろう話題であるが、ともかくたとえば、である。
 特定のOSがちがちの原理主義というか一穴主義というかエバンジェリストというか、そういう人間同士が対立している状況ほど迷惑なものはない。興味がないものからすれば、どうでもいいようなことで相手を中傷しまくるのである。
「なんだよ、マックなんざ、今どきプリエンプティブなマルチタスクすら実現できていないじゃないか」と窓男が罵る。
「うるさい。なによ、ウィンドウズのあのデスクトップは。マックのデスクトップは余程暖かみがあって優しいんだから」とリン子が応戦する。
 鬱陶しいことこの上ない。こういう時はどうすればよいか。答えは簡単である。
 この二人を神社の石段の上に連れていくのだ。で、どん、と突き落す。なに、心配は必要ない。死にやしない。
「うわあ」
「きゃあ」
 窓男とリン子の二人は、抱き合ったままごろごろと石段を転げ落ちる。
 最下段まで転げ落ちた二人は、しばし気絶する。やがて、どちらからともなくふらふらと起き上がると、ぼんやりした頭を抱えてそれぞれの家路に向かうのである。
 さて、窓男が自分の部屋に戻る。何気なく鏡を見ると、リン子が映っている。「うわ」と叫ぶ。鏡の中のリン子の口が同じく「うわ」と動く。まじまじと鏡を見つめる。顔の皮をつまんで引っ張ってみたりする。そして、
「……。リン子になっちまった」
 一方、リン子も自分のうちに戻ってくる。「ただいま」と母親に言うと、「あらあ。窓男くん、こんにちは。リン子はまだ帰ってきてないのよ」「いやあねえ、母さん。何言ってるのよ。私はリン子よ」
 お約束の会話が一通りあって、やがてリン子は頭の上から疑問符を何十も出しながら家を離れる。
 そうなのだ。二人は入れ換わってしまったのであった。窓男がリン子で、リン子が窓男で。
 何故だ、と問うなかれ。昔からそういうことになっておるのだ。神社の石段から落ちると人格が入れ換わるものなのである。
 さて、リン子になってしまった窓男はリン子として、窓男になってしまったリン子は窓男として暮らすことになる。
「やーん。何なの、このマシン。拡張子っていったい何なのよお」
「ひーん。このマウス、ボタンがひとつしかないよー。どうやって使うんだよお」
 などと初めの頃は戸惑う二人であるが、やがてそれぞれの環境に馴れてゆくのであった。
 やがて、頃合を見てもう一度二人を神社の石段から突き落す。再びもとに戻る二人。
「マックだって、なかなかいいもんだよな」
「ウィンドウズって、結構見どころあるわね」
 めでたしめでたし、である。
 あるいは。あるいは逃げる凶悪犯とそれを追う若き刑事。
「待てっ」と刑事。
「待つもんかい」と凶悪犯。
 やがて刑事は神社に犯人を追い詰める。
「こいつ」
「うりゃ」
 揉み合う二人。やがて、二人は揉み合ったまま石段を転げ落ちる。
「わあ」
「たあ」
 ごろごろ。
 かくして、二人は入れ換わってしまうのであった。何故だ、と問うなかれ。昔からそういうことになっておるのだ。
「待てっ」と凶悪犯。
「待つもんかい」逃げる刑事。
 なんだか、よく判らないことになってしまうのであった。
 または。または中央大学のY教授と、東京大学のF教授。
「あんたねえ。そういう歴史をねじ曲げるようなこと言っていいのかい」
「私は軍部の介入がなかった、と、そう言ってるだけじゃないか」
 口角沫を飛ばして言い合う二人。やがてつかみ合いの喧嘩になる。撲り合っているうちに、足を滑らせて石段から転がり落ちる二人。
「ぎゃあ」
「ひゃあ」
 ごろごろ。
 かくして、二人は入れ換わってしまうのであった。何故だ、と問うなかれ。昔からそういうことに、いや、これ以上書くと各方面を敵に回しそうなのでやめとこう。冗談ですからゆるしてくださいね、右や左の旦那様。
 みなさんも神社の石段にだけは気をつけられたい。 


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1998/06/16
文責:keith中村
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