第115回 こだわりの鶏卵


 先日、何気なくFMラジオを聞いていたら、聴取者の悩みをパーソナリティが取り上げるコーナーをやっておった。
「ええ、次はラジオネーム、かなちゃんから頂きましたお便りです」
 ラジオネームという言い回しは私にはあまり耳馴染みがよくないものなのだが、最近はよく使われているようで、他にファクスネームというのもあるようだ。それにしてもラジオネーム、ファクスネームというのは一方はいわば目的地の名前であり、他方は目的地への通信媒体の名前であるから同列に並べられる言い回しではないと思うのだが、それはどうでもいい。かなちゃん、というのはどうやら高校生のようでパーソナリティのお姐さんに対して、最近同級生の彼が冷たいということを切々と書き綴っておるのであった。別れてしまおうか、でも、大好きなの、などということをつらつらと書き連ねており、パーソナリティが朗読していたのだが、
「それに、休み時間なんか、これみよがしに他の女の子とせんだみつおゲームをしたりします」
 私はのけぞった。辛い恋の悩みを打ち明けているところへどうしてせんだみつおゲームがでてくるのだ。更にパーソナリティのお姐さんが追い撃ちをかけるようにこう言った。
「うーん、そりゃ許せない。ぜーったいひどいよね。うん、わかるわかる」
 のけぞっていた私はそのまま後ろにひっくり返ってしまった。いったいどういう具合になっているのだろう。
「せんだ」
「みつお」
「なは、なは」
 というあのゲーム、果たしてそれは「ぜーったいひどい」などというやや崩れた文法でもって糾弾されるべきものなのか。私がひっくり返っている間、なおもパーソナリティのお姐さんは大真面目な口調で「私だったらぶってやる」などと、かなちゃんとやらの見も知らぬボーイフレンドを弾劾するのであった。
 それとももしや最近ではせんだみつおゲームというのは私の知っているものとは大きくかけ離れた、男としてステディな女子の人以外とやってはいけぬほど過激でいやらしいものになっているのであろうか。興味は尽きぬ。
 前置きが長くなってしまったが、最近私の周りでも悩みやら愚痴やらを言う人が多いのだ。流行り廃りのあるものでもなかろうに、どうしたことだろう。悩みやら愚痴やらというのは、現象学的に見れば本質は同じものであり、ただそれを如何に受容するかや、受容者の性格の違いによって、あるいは悩みあるいは愚痴という形で表出するわけで、中には怒りという形でそれを噴出させる者もいる訳だ。
「俺はこだわってなんか、いない。断じて違う」とその男は叫ぶのであった。
「ふうん」
 私の明らかに興味のなさそうな口調に男は、いよいよ憤然とする。
「なんだ、その返事は。貴様には聞く気があるのか、それともないのか」
「全くない。断じてない」
「むむむ。……まあ、よい。どちらにせよ俺は喋り続けるからな。そう思え。ふははは」
 迷惑な奴である。
「そもそも、こだわりという言葉はだな、いい意味で使える言葉ではないはずではないか」
 何を怒っているのかがあまり見えてこない。
「だいたいだな、辞書をひいてみなさい」
「やなこった」
「むむむ。……まあ、よい。辞書をひいたとしようではないか。そこには何と出ておるか。いいか、こうだ。よく聞け。しっかり聞け。遠からんものは音に聞け。近くば寄って目にも見よ」
「だから、何なの」
「こだわり、というのは、こういうことだ」いつの間にか私の書架から広辞苑を引っ張り出した男は声高らかに読み上げるのであった。
「こだわること。拘泥」
 ぱたん、と辞書を閉じて天を仰ぐ。「ありがとう、新村出先生」がははは、と呵呵大笑したあと、「どうだ。まいったか。そういうことになっておるのだよ」
「それで」
「それで、って。お前、今ので判ったろ。こだわり、にはいい意味なんかないんだよ」
「そうだな。以前から、日本語に物申す、なんていうエッセイではよく言われてることだよな」
「なんだ、ちゃんと判っておるではないか。しかるに、あれは一体どういう了見だ。なんの狼藉だ」
 つまりこういうことだ。私のうちにやってくる前にこやつはゆるやかな空腹を覚えて牛丼屋に立ち寄ったらしいのだ。この牛丼屋はあえて名前は秘すが、関西圏では吉野家に追随する規模のチェーンを展開しておるところである。
「こ腹が減っておった程度なので、特盛りに留めることにしたのだ」
「なんでこ腹が減ってて特盛りなんだ」
「本当の空腹なれば並をふた丁頼む、そんな俺なのだ」
 考えられない奴である。しかし、「に丁」と言わず「ふた丁」というプロフェショナルな発音しておるのだから、あながち嘘とも思えない。などと考えていると、男はまた出し抜けに怒り出すのであった。
「嗚呼、なんという嘆かわしい時代だ。レストランに行くとする。愉快な森の樵のスパゲティ、だと。馬鹿を言うでない。ただの茸スパゲティではないか。ロイヤルホストに行くとタイ料理フェアなどやっておる。ぬわにがカオパップウだ。ただの蟹チャーハンではないか。どうしていちいち喰い物にそういう痴呆症的な名前をつけるのだ」
 続く男の言葉でようやく私にも怒りの原因が判った。それが拍子抜けするほどつまらぬ原因だ。
 つまり男は特盛りとともに玉子を頼んだのであるが、その名前が「こだわり玉子」だったのだ。
「こだわり玉子だと。冗談も休み休み言え。たかだか玉子ではないか。鶏卵ではないか。そうさそれは鶏卵なんだ。しかるにその鶏卵ごときにどうしてそんな下らぬ名前をつけるのだ。しかもだよ、あまつさえ」
 こだわり玉子、という呼称の使用を頑なに拒んだ男は「特盛りと玉子」と注文したのだそうだ。すると、店内にいた店員がそれぞれにこう復唱したのだという。
「特盛りこだわり。はい、ありがとうございます」
 男は怒りで過去を振り返る。「しかも声の馬鹿でかい店員ばかり五人だぜ」
 つまり、
「特盛りと玉子」
「はい。特盛りこだわり、がとございまあす」
「特盛りこだわりぃっ。はい、りがとざいまあす」
「特盛りこだわりぃっ。はい、りがとざいまあす」
「特盛りこだわりぃっ。はい、りがとざいまあす」
「特盛りこだわりぃっ。はい、りがとざいまあす」
 ということらしい。
「確かに出てきた鶏卵は吉野家のそれよりも濃厚な色彩の卵黄を所有しておった。確かに滋養のありそうな濃厚な味であった。確かに吉野家のそれより二割も高い値段がつけられていた。しかし、こだわる程のものではないではないか。なんとなれば、それは一個の鶏卵に過ぎぬのだよ。たかが鶏の卵の分際でこだわっておるのだよ」
 語るうちに男は段々と涙声になるのであった。「中には舌っ足らずな喋り方をする姉ちゃんの店員もいたのだ。お嬢ちゃん、迷子なの、おうち判らないの、などと訊くと、口を半開きにして、ほえ、と答えそうな痴呆じみたやつだ」
「無茶苦茶言ってるなあ」
「そんな奴までが、こだわりぃっ、と叫ぶのだよ。中には舌っ足らずな喋り方をする男の店員もいたのだ。ぼく、三たす二はいくつか、判るかなあ、などと訊くと、口を半開きにして、ほえ、と答えそうな痴呆じみたやつだ」
「無茶苦茶言ってるなあ」
「そんな奴までが、こだわりぃっと叫ぶのだよ。断じて言うが俺はこだわっていない。たかだか鶏卵ごときに拘泥するものでは、決して、ない。鶏卵にそのような名前をつけるべきでは、決して、ない」
 男は声高に主張する。
 なんだか、私は面倒臭くなってきた。「どうでも、いいじゃん、そんなこと」
 私の言葉に男は色をなした。「なんだと。貴様、今何と言った」
「どうでもいいことに、こだわってんじゃないよ、って言ったんだよ」
「あっ。あっ。あっ。何ということを」男は私を人差し指で差して叫ぶ。「そういうことを言うかあっ」
「しかしお前も細かいことにこだわる男だねえ」
「むむむ。……おっ、俺はなっ。何もこだわっているわけではない。ちっ、違うぞ。こだわっているのは俺ではない。けっ、鶏卵なのだ」
 それからたっぷり十分間、男は自分がこだわっていないことを力説し続けるのであった。
 あー、うるさいったら、ありゃしない。


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1998/06/10
文責:keith中村
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