第113回 幕張出張


 先程、帰ってきたのである。疲れた。話は三日前に遡る。
 我々が乗っているのはひかり226号東京行きである。我々というのは私と課長代理である。幕張において、ネットワールド・アーンド・インタロップという催し物があるのである。そこで行われるカンファレンスとやらに参加するための出張なのである。
「展示会を観に遊びに行くと思われてんだよなあ。やだなあ」と課長代理。つまり、ネットワールドに行くというと、展示会を見るためなのだ要するに半ば遊びなのだと誤解する人も多く、課長代理にとってはそれが不本意であるようなのだ。
 とは言え、私だってこの職種に変わって日が浅いため今から何をしにゆくのかさっぱり判っておらず、ゆえに気分は半分以上遊びのつもりである。
「おお、ここが幕張メッセか」
 幕張は今日も雨だった。ま、今日初めて来たのだけれど。駅から一望すると、何やら未来めいた建造物がいくつも雨に煙っている。元来が田舎者なので、それだけで気圧されてしまう。
 とりあえず、気を落ち着けるべきであろう。私はすう、と深呼吸すると、
「幕張メッセには」と呟いた。
「幕張メッセには、人が仰山いてはりまっせ」
 横の課長代理がちら、と私を見て言った。
「ん。どしたの」
「あわ。いえ、特に何事でもありません」
 いかん。滑ってしまった。気を落ち着けるために駄洒落を言うのも、どんなものかと思うが、それが滑ってしまうと淋しさも一入である。
 取り敢えず、黙っていよう。
 カンファレンスというものがどんなものかは知らなかったのだが、ネットワーク関係の何やら偉い人が喋るのを聴くという、要は講演会のようなものであった。なるほど、遊び出張ではなかった。こんなに退屈な遊びはないものな。
 何しろ、講演している人の言っていることがちっとも判らないのである。
 トポロジー・ドリブン、ADIPS、エージェント・テクノロジー、CBRトラフィック、オンデマンド・カットスルー・エスタブリッシュメントなどという言葉が飛び交う。自慢じゃないがほんとに何のことか判らない。私に判るのはせいぜい、ホーム・ページとか、IPアドレスとか、NTTとかそういったあれだ。しかも私は文系なのだ。離散コサイン変換法、ウェーブレット変換法、クロミナンス成分利用型、ルミナンス成分利用型。そんなこと言われても、私は高校の余弦定理すら忘れているのだよ。私の数学は中学どまりの知識なのだ。
 あまりに情けなくなったので、空き時間には展示会場の方に向かってみた。すると、そこは遊びの空間であった。
 ピンク色の看護婦さんがいっぱいいる。いかん、ついふらふらと誘われてしまう。と、別のブースでは「地獄に落ちた勇者ども」ばりのSSめいた衣装の女子の人がたくさんいる。ふらふら。お、何だなんだ、あちらでは女子の人がたくさん踊っているではないか。何の意味があるのだ。ふらふら。わは。セーラー服がいっぱいおるではないか。しかもあんな高い壇上で脚など組んでおる。そんなことをすれば、付け根のあたりまで丸見えではないか。どういうことだ。ここはネットワーク関連の新製品新技術の発表の場ではないのか。どうしてこんなに若い女子の人ばかり、しかも、コスプレなどしてうろうろしているのだ。ええい、責任者出てこい。まったく。嬉しいじゃないか。
 どの女子の人も眼が合うとにっこり微笑んでくれる。ま、それが仕事なんだろうが。へんに、そわそわし、かつにやけてしまう私であった。
 これではいかん。平常心が必要だ。
 妙に体にぴっちりはりつく衣装を纏った女子の人がおる。ああ、あんなに太股を露出させて。君のお父さんやお母さんは諒承しておるのか。なんだかお色気たっぷりの謎の秘密工作員のようではないか。
 私は呟いた。「女スパイ、マクハリ」
 横の課長代理がちら、と私を見て言った。
「ん。どしたの」
「あわ。いえ、特に何事でもありません」
 いかん。どうにも調子がでない。
「では、ひとまず乾杯」
「お疲れ様でした」
 宿に戻ってきた我々は、近所の飲み屋で夕食を摂っている。
 きゅう、と盃をあおった私は呟いた。
「いやあ、インタ六腑にしみわたるっすよねえ」
 正面の課長がちら、と私を見て言った。
「ん。どしたの」
 ああ。さっぱりです。
 結局、そんなこんなで二日目も三日目もほぼ何が何やら判らぬ間にカンファレンスは終了した。来るときにはひとつであった鞄が、カンファレンスの資料やら何やらで帰りには二つになってしまった。両肩に鞄を提げるので、重さが違うと大変歩きにくい。会場出口で、重さが均等になるように荷物を割り振っていたら、課長代理が覗き込んだ。
「ん。どしたの」
「負荷の分散処理システムを構築しています」
「ぎゃははは」
 おや。受けている。そうか、最初っからその路線でいっとけばよかったのだ。そういう人なのであったのだよ。
 ところで、今回の題名、韻を踏んでいそうだけれど、それは字面だけですね。  


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1998/06/06
文責:keith中村
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