第112回 二弦琴の師匠


「動物苛め」といえば朝丸時代の桂ざこばの持ちネタであるが、「名古屋人苛め」をやったのは清水義範である。清水義範氏が「名古屋人は名古屋出身の有名人を必ず知っている」ということを書いている。
 名古屋出身の有名人の話題を名古屋人に持ち掛けると、「ああ、あいつはどこそこ中学校の出身だぎゃあ」と知っており、「中学校のときは悪餓鬼だったんだぎゃあ」ときっと付け加える、というのだ。
 かつて新井薫子というアイドル歌手がいた。お忘れの方も多いだろうが、「大和撫子春咲きます」などという能天気な歌を唄っており、またまことしやかな死亡説が流れたこともあった。この歌手が名古屋出身だということを何かで知った私は名古屋人の友人に新井薫子の話をもちかけた。
「あいつか。僕の従兄のクラスメイトで、何々中学出身だ。中学んときは不良だったんだ」
 まさか本当にこのような返答があるとは思わなかった。清水義範氏は誇張でも何でもなく真実を書いていたのだった。
 さて、「名古屋人苛め」というとかつてのタモリもやっていたのだが、タモリといえば「友達の友達は皆友達だ」である。だが、本当のところ友達の友達は友達なんかではなく赤の他人なのだ。
 有名人著名人の話になると「彼は僕の友達の親戚の友達の友達だ」などとやや自慢げな口調になる人間は名古屋人に限らずどこにでもいるが、よくよく考えてみると、いや考えてみるまでもなくそれは赤の他人なのである。
 自分とはまったく関係ないことは明白なのに人がどうしてこういうことをついつい口にしてしまうかといえば、これは「先祖は華族であった」とか「祖先は清和源氏だ」とかいう家柄自慢と類似の構造をもったアイデンティティの確認行動であろう。誰しも自分が何者か判らないと不安なものであるから、こういうことで何らかの権威的なものとの繋がりを確認して安堵したいのだ。新井薫子のどこが権威なのかはよく判らないが。
 ところで、この「知り合いの知り合いが有名人」というのは、誰だってひとつやふたつは持ち合わせておるのではあるまいか。私自身以下のものに思い当たった。
 私の知り合いの父親の友人がクロード・チアリである。
 私の出身大学の先生の姪が「わらべ」の倉沢敦美である。
「ちょっとどんぶり」と「めだかの兄弟」だ。どちらもかなり地味な例である。いや、もう一つあった。
 帰国子女の友人がいるのだが、彼女が英国にいた頃、級友にリンゴ・スターの息子がいたらしい。つまり私の友人の友人の父親はリンゴ・スターである、ということになる。
 いかん。やはり地味か。
 いや、待てよ。こうすればよいのだ。
 私の友人の友人の父親の仕事仲間はジョン・レノンである。
 どうだ、ジョン・レノンだ。かなりなものである。もちろん、私にとって赤の他人であることに変わりはないが。
 もうひとつ延長してみよう。
 私の友人の友人の父親の仕事仲間の嫁はオノ・ヨーコである。
 しまった。格が下がってしまった。
 それはさておき、実は、知り合いをたどれば有名人に行き着くというのは至極当たり前のことなのであるまいか。というのも以下のように考えていただきたいのだ。
 ひとりの人間にいったい「知り合い」は何人くらいいるものであろうか。間柄の遠近を抜きにして数えるとかなりの数になるはずである。学校時代同じ学級になった人間だけでもざっと二、三百人か場合によってはもっと多いものと思われる。ここに親類縁者、職場の人間などを合算する。個人差はかなりあろうが、いちおう人間ひとりあたりの「知り合い」の保有人数を平均五百と仮定してみる。
 さて、あなたの知り合いが五百人である。では知り合いの知り合いまで含めるとどうなるか。五百の自乗は二十五万である。更に、知り合いの知り合いの知り合いまで拡張してみると、五百の三乗で一億二千五百万人になる。ほぼ日本の総人口に匹敵する。大雑把な計算ではあるが、「知り合いの知り合いの知り合い」まで辿れば、理論上は日本中の誰に行き着くことも可能になるのだ。
 さらにこれに五百を乗してみると、実に六百二十五億である。つまり「知り合いの知り合いの知り合いの知り合い」だけで全人類を補ってまだまだ余りあるのだ。すなわち、この六百二十五億通りを隈なく調べることさえできれば、ビル・クリントンだろうが、マイケル・ジャクソンだろうが、デビ夫人だろうが、チチョリーナだろうが、たどり着けるのである。理論上は。恐らく。惜しむらくはこの六百二十五億通りを調べきるには一秒にひと通り確認できたとしてもぶっ通しで千九百八十一年と十ヶ月あまりかかる。まあ、いいか。いいよね。
 さあ、心配はいらない。知り合いの知り合いが有名人だという無意味な自慢をする輩には「知り合いの知り合いの知り合いの知り合いは誰それだ」とお好みの名前をあてはめて対抗すればよろしい。
 これだけ広い名前空間があれば、IPアドレスの枯渇問題もすっきり解消である。って、それは関係ないだろ。


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1998/06/01
文責:keith中村
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