第110回 汚い犬


 さて、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」をお持ちの方は是非いま確認いただきたい。このアルバムは観客がざわめいている雰囲気の効果音から始まるのだが、曲が鳴り出す直前そのざわめきの中からひときわ高い声がこう叫ぶのがはっきりと聴きとれるのだ。
「ポールの阿呆」
 これはちょっとどうしたことか。もしやスタッフにポール嫌いの日本人でもおり、どさくさ紛れに叫んだのであろうか。
 或いは同じくビートルズの「イエロー・サブマリン」。間奏部分に潜水艦内でのやりとりといった趣の会話が入っているのだが、これがどう聴いても以下のようになっているのだ。
「おっさんが屁え、こきまっせえ。僕ちゃんも屁え」
「助けてゲリーさん」
「おっぺけぺえ、おっぺけぺえ」
 これはちょっとどうしたことか。もしやスタッフに川上音二郎でもおり、どさくさ紛れに叫んだのであろうか。
 もちろん本当は英語で何らかの意味の通じる言葉を喋っており、それを私が聞き間違えているだけなのかもしれない。しかし、それにしてはやけに明瞭に聞えてしまうのであった。
 私は頭が悪いことと性格が悪いことは自覚しているのだが、もしかしたら耳も悪いのかもしれない。実際私には聞き違いということが多いのだ。
 ひどい例ではこんなのがあった。
 レストランで料理とコーヒーを頼んだところ、ウェイトレスが「恋はいつもお家でしましょう」と言った。「ええっ」と吃驚して聞き返すと彼女は「コーヒーはいつお持ちしましょう」と言っていたのであった。
 多分、想像力というものがないのだろう。頭を働かせれば状況から「コーヒーはいつお持ちしましょう」と言っているのは明白なのである。しかし、もしかしたら彼女は客である私に一目惚れして「恋はいつもお家でしましょう。うふうん。ねえ、私をお家に連れて帰って。ああんなことや、こおんなことや、ああん、もうあなたの好きなようにして。どうにでもしてっ」ということなのか、との考えが脳裡をよぎったのだ。多分、想像力というものがあり過ぎるのだろう。
 人間であるところの私ですら、こういった誤謬を犯すのであるから、況や機械においてをや、である。
 計算機の音声認識技術というのも最近ではかなり進歩したようで、テレビのコマーシャルでは香取くんが音声入力をしておるのだが、昔はひどかった。
 ウィンドウズが3.1だった頃、購入したコンピュータに音声認識ソフトというのが附属していた。「電卓」と叫ぶと電卓が起動する。「窓、閉じる」というとアクティブな窓が閉じる。「窓、開く」というとフォーカスのあるアイコンが元の大きさに戻る。そういう他愛ないソフトであった。それでも3.1の時代であるから、私は「これは凄い」と感嘆したものだ。
 だが、ひとりでコンピュータに向かって「窓、開く」だの「コントロール・パネル」だのと呟いているのはちょっとどうかしている。何だか空疎な思いが心に充ちてくるのである。こんなことでは、いかん。そう思った私は試しに叫んでみた。
「圭子の夢は夜開く」
 何を思ったのか、コンピュータは「メモ帳」を起動させた。どうやら圭子の夢はメモ帳であったようだ。
 続けて私は叫んだ。
「うっぱらばんなあ」
 するとウィンドウズ自身が終了してしまった。
 更に「えすくれめんとお」とか「がるるー」とか叫んだが、当然もう何も起こらなかった。
 思えばまことに謎めいたソフトであった。
 ところで話は私の聞き間違いに戻る。今よりずっと若かった頃の、若気の至りの恥ずかしい話なのだが。
 ある女子の人と仲良くなり、何度目かのデートで酒を飲んでいたのだが、かなり良い雰囲気になってきた。私は「いける」と確証した。まあ何がどう「いける」んだかは各自のご想像にお任せするとして、とにかく店を出た我々は然るべき宿泊施設が林立する区域にやってきたのである。彼女も私の身体にもたれ掛かるようにしてついてきた。ところが、突然彼女は憑き物でも落ちたかのように我に返った。
「いや。やっぱり行かない」
「ええっ。ち、ちょっと待ちたまえよ」
「ううん。やめとく」
「そりゃないだろ。おろおろ」
 という押し問答の末、その女子の人はきっぱり言い放った。
「行きたくないっ」
 それを聞いた私は「えっ。どこどこ。どこにいるの」と辺りをきょろきょろ見回した。
私は「行きたくない」を「汚い犬」と聞き間違えたのであった。
 どうすれば、そんな聞き違えができてしまうのか。ちょっとは状況を読んだらどうか。


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1998/05/29
文責:keith中村
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