第109回 今日からお前は


 かつてテレビのある刑事ドラマでは、新入りの刑事に課員たちが寄ってたかって、「ようし、今日からお前は何々だ」と仇名をつけるのが約束事のようになっていた。
 これは仇名の本質を突いているのではないか、と私は考える。世の中のほぼ全ての命名という行為がそうであるように、仇名というのもたいていは自分の意にそぐわぬものを一方的かつ不条理に付けられてしまうものなのだ。
「ようし、今日からお前は『糸電話』だ」
「ようし、今日からお前は『とろろ蕎麦』だ」
「ようし、今日からお前は『ツルニチニチ草』だ」
 など、如何にも弱そうな仇名を付けられてしまうと、もうどう頑張ってみても出世できそうにない。来年も再来年もその次も花見の場所取り係をやらされそうなくらい、へなちょこ度が高い。
「ようし、今日からお前は『多年生植物』だ」
「ようし、今日からお前は『地方公共団体』だ」
「ようし、今日からお前は『陸上競技』だ」
 などと、いささか大雑把な範疇を表す仇名も何だか困ってしまう。
「ようし、今日からお前は『越後屋の御新造さん』だ」
「ようし、今日からお前は『リセルギン酸ジエチルアミド』だ」
「ようし、今日からお前は『3270端末エミュレータ』だ」
 こうなってくると、もう何のことやらさっぱり判らない。
 例外的に自分の仇名を自分で付けることが可能な場合もある。作家の筆名やら、ネットワークにおけるハンドルネームなどがそうで、私だって「キース」などという怪しげな名を名乗っている。この名は随分昔、パソコン通信を始めたときに使いはじめたもので、最初の頃はどうも気恥ずかしいものであったのだが、そのうちオフライン・ミーティングなどで「キース君」「キーさん」「キーやん」「キー坊」などと呼ばれても「あいよっ」とすんなり返事ができる程馴れてしまった。
 ただし、ほとんどの場合やはり仇名の決定権は自分にはないのであり、
「ふっ。俺のことは、ジョニーとでも呼んでくれ」
などと初対面の場で申し出ても、
「何、寝言抜かしとるねん。お前、太っとるから『ぶーやん』やんけ」
「そうや、そうや。お前は『ぶーやん』じゃ」
と一蹴されてしまうのが世の理である。ぶーやん、可哀相。
 私が学生だった頃のある春、アパートの隣室にひとりの新入生が越してきた。田舎育ちの彼は律義にも両隣に挨拶して回った。私と反対側の隣室の学生が無茶な奴で、挨拶にやってきたこの新入生を見て、
「君、ルパンに似てるな。よし、君はルパンということに決定っ」
 ルパンというのはモンキー・パンチ原作のルパン三世のことである。この新入生はさほどルパンに似ていたわけではないのだ。髪型の雰囲気が言われてみればややルパンかな、というのと、あとは赤いシャツを着用していただけなのだった。だが、仇名というものがあまねく内包している不条理さによって、それ以来彼の仇名はルパンということになってしまった。
 根が純粋で朴訥な田舎者なので、からかい甲斐がありルパンは瞬く間に我々の間の人気者になっていった。あるとき、私の友人が噂を聞きつけてアパートを訪ねてきた。話題のルパンとやらを見てやろう、ということであった。ルパンをひと目見た彼はあからさまに失望の色を顔に浮かべ、叱責するような口調で私に言った。
「何だよ。ちっともルパンに似てないじゃないか」
 そんなこと言われてもどうしようもない。私が名づけた訳ではないのだよ。よく判らないが、それは怒るほどのことなのかしら。
 やがてまた春が訪れ、新入生がやってくる季節になった。この一年の間、我々が彼に「ルパン」以外の呼称を用いたことはなく、誰もルパンの本名などとうに忘れてしまっていた。いや本名があるという事実すらほとんど忘れていたのだった。だから当然誰も新入生たちにルパンの本名を教えなかった。忘れていたので教えようがなかった。
 そこで彼は後輩からは「ルパンさん」と呼ばれるようになった。「さん」を付ければよいというものでもなかろう。ちょっとどうかしている。
 ひとりの新入生が私にこっそりこう言ったものだ。
「あの。僕思うんですが、ルパンさんはちっともルパンに似ていないじゃないですか」
「そうだね」と私。
「それなのにどうしてルパンさんなんですか。もしかしたら何かのメタファーとかそういう深い意味があるんでしょうか」
 それほど悩むような問題でもなかろうと思うのだが。
 さて、ある時数名で居酒屋にいた。ふと気が付けば、犬猿の仲とまではいかぬが日ごろルパンとはなんとなく反りが合わぬという奴と、ルパンが何やら口論めいたことになっている。やがて、がしゃん、とグラスの割れる音がした。彼は憤然と立ち上がり、ルパンを睨めつけている。
 一触即発、という空気である。
 怒りと酔いで顔を真っ赤に染めた彼は、こう怒鳴った。
「ルパーン。今日という今日は許さんぞおっ」
 本人は真剣に怒っていたのだろうが、この言葉はちょっとどうかしている。
 案の定、翌日から彼の仇名は「銭形の父っつぁん」になってしまった。
 仇名というのはそういうものだ。


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1998/05/27
文責:keith中村
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