第1回 牛乳を撒く


 仕事からマンションに帰ってくるとエレベータのところにこんな貼り紙があった。

貼り紙
◎最近マンションの上から牛乳をまく人が居ます!!
大変迷わくをしてます 今後絶対に落さない事

 なんだこれは。おれは顎を掌でさすりながら唸った。チャールス・ブロンソンである。子供の頃、「あっ、顎になんか付いてるで」「えっ」「ううん、まんだむ」という他愛もない悪戯が巷間に広まっていたが、実はこれ、いまだに残っているようだ。
 先日、通りで見かけた小学生がやっていた。
「あっ、顎になんか付いてるで」
「えっ」
「ううん、切れてナーイ」
 こらこら。違うだろうが。それは「ううん、まんだむ」というんだ。「切れてナーイ」なんてぱっと出えの新参者じゃないか。だいたいなんだ、あの「切れてナーイ」って言い方。ふざけんな。あ、ふざけているのか。ええい。とにかく。「ううん、まんだむ」にあった男の浪漫をお前たちは、お前たちは、お前たちは、知っているのか。
 などと腕をぶんぶん回して子供達を恫喝しても仕方がない。
 問題は牛乳である。
 なぜ牛乳を撒くのか。マンションの上ということは、屋上なのか、それとも部屋の窓からなのか。
 部屋の窓ではないだろう。撒いているところを目撃されたら誰だか丸判りだからである。とすれば屋上だ。
 犯人はここの住人なのか、それとも外部の者か。こんな貼り紙があることを思えば住人なのか。
 しかるに彼あるいは彼女はなにゆえ牛乳など撒くのか。その意図するところは那辺にあるのか。
 だいたい牛乳を撒くというのはちょっとどうかというような行為だ。
 あなたはかつて牛乳を撒いたことがあろうか。部屋の中でなら撒いたことがあるぞという意見が聞こえてきそうである。それなら私もある。だが、今はそういういやらしい隠喩でいっているのではない。
 あなたはかつて牛乳を撒く人を見たことがあろうか。岩波書店の本に載ってるという人もいるだろう。それは種蒔く人である。またいやらしい隠喩になりそうなので、この意見を無視して進もう。
 いったい彼あるいは彼女はなにゆえ牛乳など撒くのか。その意図するところ那辺にあるのか。
 牛乳を撒く、しかも屋上から撒くという行為から推測できる意図は「攻撃」である。防禦で牛乳を撒く奴はいない。
 攻撃だとすれば対象はいったい誰だ。特定人物に私怨を晴らしているのか。それともノンセクト・ラジカルなのか。
 貼り紙には「大変迷わくをしてます」とある。主語がない。迷わくしているのは誰だ。これは管理人の文字である。なんだ。単純な三段論法だよワトソン君。迷わくしているのは管理人なんだよ。いいかい、日本語という言語では往々にして主語が省かれるんだよ。
 うむ。何か間違っているような気もする。牛乳がわが身に降りかからぬという保証はどこにもないではないか。
 海水浴に行く前なんか、特に危険な気もする。だって昔からいうではないか。「海ゆかばミルクかもね」と。
 そんなわけで、最近マンションを出る時どうしても上が気になる私なのであった。


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1997/10/13
文責:keith中村
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